| 出羽三山神社社報の平成14年新春号に「湧気行修行の旅」が紹介されました。
以下、全文を掲載いたします。 |
| 「やっぱり、羽黒山というのはすごい山なんだなあ。好きだな、この世界」 と思ったのは小学四年生のときのことでした。 まっくらな杉木立のあいだから月明かりが差し込んでいました。 夜中の十二時に起きて、「綾に綾に」と三山拝詞を唱えてから、足元のよく見えない羽黒の石段を、両手に下駄をもって、ぺたぺたとはだしで歩いて帰るのです。誰も転びもしないし、けがもしません。子供ながらに羽黒の大神様の偉大さを感じていました。 しらじらと夜があけるころに、ようやく鶴岡の町に着きました。 戦争が始まって、最初の夏のことでした。 「上は玉体の御安寧 下は天下泰平、国土安穏」 と武運長久のお祈りをするため、小学生だったわたしたちは、鶴岡の致道館から羽黒山まで、歩いて御祈願にいったのです。 「もうすぐ、羽黒だぞ」 鳥居をくぐってから、坊の並ぶ道を歩く距離の長かったこと。 「さあ、着いたぞ」といわれてから、五重の塔からの二千有余段の石段がまた長いのでした。 日が暮れるや、斎館のご神前に大きな蚊帳をつり、その中に床に並べて寝ました。ご神前の深い暗闇のなかにたたずんで、なんともいえず、「いいなあ」と魂が震えるような気がしたことは、いまだに忘れることはできません。 それは言葉にすれば、遠い過去の記憶、深い歴史の重みのようなものを幼いながらも感じていたのではないでしょうか。 後年、湯殿山との御縁を知り、毎年、出羽三山で行をさせていただくようになりますと、自然とわたしの周りには、出羽三山で修行したいと熱い気持ちを持つ人たちがあつまってきました。 幽玄な杉木立の羽黒山で 日常抱えている自己の問題を整理し、 大宇宙の広さを感じる月山では 問題を遠く過去にさかのぼって自覚し、 そして湯殿山で滝に浴し、 新たな視点を獲得して 生きる方向性を見出し 帰京するのです。 湧気行と名づけて、毎年、行をさせていただくことになり、二十年以上になりますが、東京から出羽に帰ってまいりますと、いつも子供のときに感じたあの感動がよみがえります。 その心を原点として、今後とも出羽三山の大神様のもと、一途に修行を続けていきたいと願っております。 出羽三山の宮司様をはじめ、皆様のご指導、ご鞭撻を今後ともよろしくお願いいたします。 最後になりましたが、新年にあたりまして、本年も皆様のご繁栄、ご多幸をお祈り申し上げます。 湧気行代表 佐藤 美知子
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