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つかめない

先生 本当の意味で教える人になればいいけれども、そうなるには瞑想、三昧に習熟した人でなければなれない。
それでないと、中国の古典を読んでも、本当の教えというのは理解できません。
だから、何とか瞑想のこつをつかませたい。即、そんなに入れなくても、それなりの道程が自分のなかでわかればいいのです。
水をながめたときに、その心で水を眺めていてはいけないのではないかなと理性がわく。寄り道をしてしまうのです。
瞑想のなかでもまだ理性がはたらいています。場所そのものになるということは、そんな理性も、知性も何もないような世界なのです。
でも、それはとても怖くて捨てられるものではないのです。そこまでになるには大変です。 自分のなかでつかんだものは、放してはいけないのです。それをいつまでもいつまでも捕まえようとすれば、それがあなたの集中になって、そこから瞑想になっていけるからというのですけれど、なかなか皆わからない。そして、わかるように教えてくれないというごねる心がでるのです。
わたしを始め、みんなにごねられています。
先生 それは、年がら年中です。(笑い)ああ、そうですかなんていう人はいません。
手応えがない、つかめない。何かあるのだけれど、つかめないというじれったさ。
そういう時に、現実のなかでもコミュニケーションがとれないと、そっぽを向いたりする。いろんな性格がでるのです。
ああ、それは自分の性格のひとつだよねと眺めながら、その糸をきらないようにすればいいのです。




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