| Home | 瞑想対話集:目次 |
| 先生 | 人との出会いが大切なのです。 人との出会いというのはそうあるものではありません。 この世はカルマの中ですから、いい原因で動かなければ。 いい発想で動けば、必ず結果がでてきます。 その時は、そうかなと思っても、必ずそれがいい答えをまたもってきます。 でも、それはタイミングです。 |
| H | いいタイミングというのは、個人レベルよりは社会レベル、地球のレベルということですね。 |
| F | みんなは個人レベルから人のためになると思うことをしているとき、自分は大きな視野でやっていると思ってしまいます。 他の人のため、全体のことをみてやっていると思っていても、それが自分の立場からやりたいことをやっているに過ぎない。 実際は個人のレベルの発想から、一歩もでていないことが多いのです。 |
| 先生 | ものを考えるとき、そこに自分の存在というものがあるときは駄目です。 |
| F | それは自分の立場からいいことをしているだけで、大きなレベルで必要必然をやっているわけではない。 |
| H | 固定観念、枠の中からしかできない。この枠というのは何なのかと最近よく思います。 肉体的な限界。 |
| 先生 | 自分を守ろうとするのです。 |
| F | 先生の意識は大きなところ、個人的ではないところに移行しています。 その意識の時限では個人の問題はないのです。 現実のレベルとそこの意識のレベルの区別がつかなくて、現実レベルでそのまねだけをしているということがよくあります。 家族のカウンセリングでも、みんながそれぞれ相手のことを思っています。 でも、それは各自の立場での一生懸命なのです。 |
| 先生 | T君の例をあげれば、T君はお父さんのことを考えて、家業をどうするんだと悩んでいます。それで、頭がいっぱいなんです。 T君は自分の生きる道を考えればいいのですと、ずばりと誰もいわないのです。 |
| F | T君は自分のことをしなさいというのは、全体にとっていいことではないでしょうか。 でも、その言葉を聞くと、それはエゴイスティックなことをしろといわれているようにとる人もいるのです。 |
| 先生 | それは、そうでしょう。 でも、エゴでもなんでもいい。型にはまらず、自分優先でやってみればいいのです。そうすると、せがれが一人前になった、では、おれは自分の老後を考えようとなるのです。 |
| F | 今、あなたにとって大切なことが全体にとってもいいことであるというふうに聞けない人が多いのです。 |
| H | 個人か全体かと対立しているのです。 |
| 先生 | それは学校教育なんでしょうね。けじめをつけさすということは、酷なようですけれども、しなくてはならないのです。 自分の家業で悩むのならば、これは一代限りのものかなとみるものなのです。 父親、おじいさんが何をしていたのかをみるのです。 H君のあんな大きな神社の神主になった。エリート中のエリートです。 それは一代だったら無理でしょう。 T君のところのように、一代一代のところは時代時代でみる目をもっているのです。 時代にあった、つぼにはまった仕事をみつけだすものなのです。 T君は定年までいたほうがいい。 定年になってからどうやって生きるかというと、心のつながった、想念のつながったものというのは共鳴することも大きいですから、精神的なところでつながった友を大切にして、そことの交流をはかったらいいのです。 N君も自分は務めをやめたほうがいいでしょうかという。わたしはみんな辞めてここに集まれなんていっているのではないのです。 そこを上手にでてくるには、二三年はかかります。その間に、間違えのない道を考えなさい。 でも、それは人との出会いだから、ひとりでは考えられないのです。 人とのつながりがあって、そこで生きていけるのですから。 |
| F | そういう出会いがすでに起こっています。先生との出会いが、めったに起こらないことです。 |
| H | そうですね。 |
| 先生 | わたしはみんなでこうしようということを言っているのではないのです。 ひとりひとりが立って、自由な職業にいるから、その自由さで行もできるのです。その力で職場の人にアドバイスできたならば、また、そこで成り立っていく。 おたがい社会で大きくなっていけばいいのです。 |
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