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 瞑想的な生活

先生 自分の心の動きとか、何でシンプルライフに気をつけなさいとわたしが言 うのか、徹底的に考えていないのです。
それをしてまとめていたならば、ある程度の所までいったら、みんな深くはいってい きます。
皆さんは日常生活と瞑想というのがつながりをもっていません。
生活は生活。ここで座ることは、座ることと別々に考えています。
言葉を変えて、立場を変えていったならば、修行者的な、瞑想者的な生活をしていないということなのです。
それに合うような生活をすればいい。
自分が仕事に合わせて、ああなりたい、こうなりたいという意識の生活に、瞑想を取り入れようと思っているだけなのです。
瞑想というのを、とりいれようと思っても何にもなりません。
そうじゃなくて、瞑想をいつもできるような状態で生活をしていればいいのです。
自分の答え、日常生活のなかでどうありたいというだけでなく、その後、どうするかということなのです。
有形、無形に人には恩恵を与えなくてはならない。
人を支える、その場を支える、そういうものがなかったならば、瞑想と日常生活はつながったことにはなりません。
だから、それは自分の責任です。
日常生活のなかではなかなかその気になれません。
先生 だから、座る時も背水の陣をひけばいいんです。
皆さんは自分の肉体的な所で、感情的に動いている自分の心しか相手にしていないのです。
すばらしい自分の心を見たとき、申し訳ないというふうに感じるものです。その人間は内なる自己の本当の心を見たとき、また、内なる自己が本当の真理をみたとき、本当にひれ伏します。申し訳無かったと、自分の偽善にあきれます。
本当に自分の偽善に舌をかみきって死んでも、死に切れないような恥ずかしい思いをするのです。
皆さん、そんなのしたことがない。自分がたいしたものだとどこかで思っているのです。





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