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| 先生 | 自分というものはいいものも悪いものもいっぱい持っている。カルマがあるから、今生でてきたということです。
そういう殻をもっているものを増幅してもしようがないでしょう。 いいもの、悪いものを自分で見分ける基準ができたら、行に行ってもいいのです。 悪いものは捨てる、いいものは増幅させて、行ってもよしと自分の中でわかった時、滝に入りなさい。 入っていいといっても、あちこちの山に行って、その辺の行者さんと仲良くなって、迷ってしまう人はいっぱいいるのです。 この世的な自分の地位とかそんなものを抜いた、ペルソナをなくしたところで、むき出しの自分がどうであるのかと見られるようになって、はじめて、霊的というか、その基準の作り方を教えてあげられるのです。 ある人にはおいで、ある人には駄目というわけにはいかないから、いいよと滝まではつれていくけれども。 言葉というのはその裏にあるものをわかってほしいのです。 現実に顕現したことで話をしないとみんなはわからないから、 Aさんの団子の失敗の話をするのです。 (山を登っているとき、休憩所にある団子を、先にいって注文するために、Aさんが、皆に希望をきいた。二人でひと皿と、決めてことを運んだ。 しかし、戦前生まれの方がいた。甘いものも食べられない時代を過ごされたので、団子が大好物でひと皿食べたいと思っていた。 そういう個々の心情を理解せず、事務的に決めたことに対して、先生が注意したできごと) いつでも平等にすれば問題はないでしょうというのではない。 何で、私がそれを怒るのかわからないみたいだったけれど、食べることを怒るのではない。その心をみているのです。 霊的な基準はそこです。 私はせっかくつくりあげたのをがらがらと崩す。 しょっちゅう壊す。でも、理由があるから壊されるのであって、そのとき、何の理由 で壊されたかを考えるのです。 |
| t | そこでやめたら駄目なんだと以前、言われたところがあるのですが、そ こが今のプラスマイナスのところなのでしょうか。 |
| 先生 | あなたは、まず体験をしてごらんなさい。 自分は雨が多かったりすると、挫折する自分。だから現実が駄目かなと思っていた。 それをずっと続けていくのです。 嵐だとか、寒いとか、それをプラスマイナスといったのです。 それを抜きにして、つかむところがあります。 変わらずもっている、そこの場の独特なものがあるのです。それをつかみなさい。 それをつかんだら、必ず違うところがもうひとつでてくるから。 |
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