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 作品を壊す

ある陶芸家がろくろを一生懸命まわします。そこに師匠がやってきて、駄目だ、駄目だとがんがん言うのです。そうすると、また一から。
駄目だと言われたときに、ああ、なるほどねと思えるか、がっくりくるかという、その違いが腕の差になるといいます。
先生 ろくろを回すのも、作品を作るのも自分ですけれども、自分の手で、自分の感じる、自分の作品だけを作っていたのでは、自分というものは一歩も変わりません。
進化しません。
だから、ああしなさい、こうしなさいと言うのです。
文句を言われたとき、手を休めて、それなら先生してくださいでは駄目なのです。
あくまで自分で作る。
自分が苦労してだした答えを壊されても、また、目的ができたと思って、一生懸命考え、違う答えをだしてくることが大切なのです。
そんなことはないとひた隠しに隠したり、逃げたり、理屈をいったりするのは、やはりプライドがあるからなのです。
けれども、そのプライドをはがせば、コンプレックスに固まっています。
それに気がついたなら、何故、自分はそういうようなコンプレックスをもっているのだろうというふうに、そこの所は探しなさい。
ろくろをまわすのも、作品をつくるのも自分なのですから、休まずにやり続けなさい。
作ったものを壊される時は、やっぱり、感情は動くと思いますが。
先生 それは動くでしょう。でも、感情が動いたからって、なんということはないのです。
感情が動いたら、ああ、感情が動いているのだ、やっぱり、作ったものには自分はすごく執着をもっているのだなと結論がでます。
その感情をどうしよう、こうしようというのは、行ではありません。
自分でろくろを回して、考えるのです。考えるのも、作るのも自分なのです。
そして、やり方を教える人との心の波動が同じならば、いい作品ができるでしょう。 そこには、神の力も入って、いいものができるでしょう。
壊された時、その感情、そういうものは何かものに執着しているということなのです。
自分のプライドとかコンブレックスとか、いろんなそういうものが心の奥にひかえているから、それで感情がわきでて、執着も起きるのです。
執着を捨てろと言われれば、何故、執着をもっていけないのですかといって、人を恨んだりして、ますます感情的になっていきます。
だから、そういうものをきれいにしなさい。
それが、本当は修行のメインなのです。





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