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 胡蝶の夢 その3

実際に座っていて、遠くにというふうに座りました。
それは方向性という言葉からイメージすることなのですけれど。
佐藤 遠くにということは、三層になっている脳の奥にはいっていく感覚的なことをあらわした言葉なのです。
映像として超感覚的に自分が遠くにいくのが感じられる。現実から離れていくような感じになるのです。
早く無意識にはいらないと、うろうろと悪夢を見すぎるのです。
あなたたちが神様として仕えている神も、神様ではない、もとは人間と言われたらなんと言うことをとうらむでしょう。
そんなことを言う人とは付き合いたくない。
世の中の現実というのはそんなものです。
やはり、そういう人の心になって自分も受け止めなければ駄目なのです。
遠くにいくということは、現実から離れていくことなんです。旧脳に入っていくことなのです。ですから、とてもシンプルなんです。生命維持だけですから。
自分が生きていくだけですから。
年取った女性と結婚して子供が生まれない、若い女性となら生まれる、それは自分が選択していることなのです。
遠くに行くという方向は、現実から離れたということであって、集中点がなければ胡蝶の夢になってしまいます。
こんな偉い荘子でもそういう時期はあったのです。
時間空間を忘れて、無意識の中でそうなっていては駄目なのです。
遠くにいくということが、無意識の方向ということではないのですね。
無意識のなかに深くはいっていきなさいというのは、無意識の方向性を定めないといけないというのと違う意味合いでおっしゃっているのですね。
佐藤 現実の自分が目をあいて、整理しなさいということです。
自分の思っている自分とはこういうやつでと整理しなさいということです。
自分は昔は人間であっても、今は、その偉い人を神としてお仕えしているのだということを認識すればいいのです。
正しいとか、間違っているとかいうひとではないのですね。
佐藤 それがいいとか、悪いとかということを言っているのではないのです。
だから、無意識にたどり着くのも早いからいいとか、遅いから悪いなんてそんなことは一度も言っていません。
現実がごちゃごちゃしていれば、無意識も悪夢の中みたいなものなのです。
だから、現実の自分はどういう人間なのかよくみておきなさい。
たとえば荘子が筋骨たくましくて、どうしても結婚したいというような人だったならば、それを学んで、そうか自分は結婚したほうがもっと穏やかに学問できるかもしれないと思ったら結婚したらいい。
それがいいとか、悪いとかではないのです。
教えなのですから。
自分は自分でいろいろと整理しておきなさい。そして、シンプルにしておきなさいるそしたら、どんどん遠くにいったとき、行き着くのは自分が希望している、シンプルな。現実に答えをだしているところが、集中点になってくるのです。
そこでみる夢ならば、本当の夢。正夢になって現実におきてくることなのです。
自分が考えていること、疑問点、悩んでまだ答えがでない点とか、疑問と悩みがひとつになる人もいるかもしれません。
また、夢というのもあるかもしれません。でも、現実とサイズが違えば消えてしまう のです。
では、極論すると、現実で悩みのない人は瞑想できないのですか。
佐藤 悩みといっても、さっきから年取った人は子供が生まれないだろうが、若いなら子供がたくさんできると話したとおり、そんなのは悩みのうちにはいりません。
皆さんはそういうことも悩みと思って、本当の悩みと一緒くたにしているからです。
自分で選んで、自分で歩いて迷子になってしまうなんて。
自分で選んで、迷子になってしまうというのは、自分の力不足ですか。
佐藤 それは、心の働きがそうなのです。
それは、防衛機制がはたらいているのです。
自分が見たくない世界なんだ、そう思っているのだったら、自分だけが知っていればいいんだから。
そうやって、自分のことはまとめておきなさい。
先生は無意識の方向性のとき、自分はこういうふうに思う癖があるんだというふうによく自覚することが方向性を定めるとおっしゃいます。
佐藤 現実に整理をしていたつもりだけれど、無意識の中にはいってくると、無意識の中というのは非常識だから、現実には整理されていても、非常識なものがひょこひょこと顔をだしてくるのです。
無意識の中では理性的なものが失われるのです。
日常、話をしていてもそういう無意識の原動力があるのだなとわかってきて、夢でもふだん考えていることがでているのだという気がし始めてきたのです。
佐藤 だから、そこまでわかってきた人に、いつまでも呼吸法なんか教えずに、遠く無意識のなかにいきなさいというのです。
そして、遠いところのそれがもうひとりの自分だということにはっと気がついたときは、意識が移行しているということです。
雑念のなかでいろいろと考え事をしている傾向というのを自覚するということが、方向性だといわれて、自覚した瞬間というのは、意識の層がかわるなと思いました。
佐藤 そういうふうになったとき、あなたが無意識の中にはいってうだうだ考えているときは、まだ無意識にはいってない。
無意識というのは、本当にもっと非常識で、もっと思いがけないことがでてくる。
だから、さっさと深いところにはいっていきなさい。そしたら、はいっていった自分の目的をつくっていたら、目的だけが目を覚ましているそこだけが覚醒しているのです。
あとは非常識になって、ぐうぐう寝てしまえばいいのです。
覚醒しているそれだけが、鮮明にわかればいいのです。
無意識にはいっていって。
佐藤 といっても、みんなが無意識にはいっているところを見たことはない。
無意識にははいっていると思いますが、先生が要求しているレベルまではいっていないということだと思います。
その無意識にはいって、覚醒してわかるというのは、誰が、どの自分がわかるのですか。
佐藤 瞑想から覚めた自分が。現実には考えたこともないとおもったのに、だけど、心の裏ではぺろっと舌をだして、本当は自分だって知っている自分がいるんだと自分でもわかっている。
自分のなかで分裂している自分にも気がつく。それがひとつになればいいのですけれど。
瞑想から覚めれば。
ひとつの約束は集中点からはいっていって、集中点からでてくるということなのです。
集中点とずっとおっしゃっているということは、自分のなかで疑問やなにかを整理して確立しないうちは、瞑想なんかできないということですか。
佐藤 できない!
問題意識も悩みもないものは瞑想なんかしないでいいということですね。
佐藤 現実のなかで悩んでいたほうがまだ、お金もかからないし、無駄にならない。時は金なりというのが現実ですから。
といっても、今、あなたは表の心で質問したからだけれども、本当のもうひとつ、表裏一体の裏の心ではいっていく無意識の世界がみえてきたときには、ひとくさり文句がでるけれど。
深すぎて理解できない。
理解できないです。
佐藤 わたしはどこか、場所を借りて家賃を払って、受付の人を頼んで瞑想を教えるとしたら、長く教えるようにすると思います。
でも、わたしにはそういうものがないから、本気で本音で教えるから。
世の中で瞑想をおしえる人はチベットにいって、現実をみて、文献を読んで本を書いたりしている人がいっぱいいるから、みんな惑わされているのです。
本当の意味がわかってないのです。
いろんなものにまどわされないように、自分で目をあけて整理しておきなさい。自分は何のために瞑想するのか、認識しておきなさい。
そしたら、はいっていきます。
これは動物の本能で一回、道をつけるとその道しかあるかなくなるのです。
霊能者は霊能者のコースがある。その世界のことしかわからない。それぞれ個性があるのです。
一回、集中して脳のなかにはいっていったら、そこをしょっちゅう歩くようになるのです。
自分のなかで組み立ててください。そのとき、現実の自分がどうありたいか。そして、そのとき、周りにどんな影響を与えるかということも考えてください。
それを加味してどういう人間になりたいかということを考えたとき、はじめて最終的な集中点ができて、そこからいったりきたりすることができます。
現実の自分を整理しないでいったりきたりしていたら、犬と同じです。
寝てしまうというのは、無意識の中で迷子になっているのです。自分の覚えた道しか歩かない。

2002年3月2日



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