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| 先生 |
自分が光ったとか、広がったとかばかりでなかなかその次元から上にあがらない。
上にあがるためには、ひとつの基準をつくること。 基準を作るには、実習をしてつくることです。 あなたたちが滝に入る場合、わたしがその場に居る時と居ない時と分けて考えていました。 わたしが居る、居ないという条件を抜いて、そこに残る自分の状態というのを見てください。 わたしが居るから、居ないからという表面的な心は現実のところです。 ひとりだと、そんなに入っていいのかなと自問自答する。そんな現実の心は抜いて考えてください。 今日はすごく微妙なものを感じる。 肌をさすような鋭い感じがする。 今日はめっぽう滝が暖かい。 一体、どうしたのだろう。 火でも焚いてくれる人がいるのだろうか。 なんだか、めっぽうぞくぞくする。 神経がピリピリするのと、今日のぞくぞくとはまた違う。 いろんな違いを自分で記憶しておく。 それがなにを意味するのか、後々わかってきます。 ぞくぞくとか、ピリピリとか言葉というのは共通なものだけれど、イメージというの は個人個人独特なものがあります。 ぞくぞくしたときは黒いもののように、するどいときには刃物のように感じたり、それはその人その人で違う。感じたものが暖かいならば、誰かの愛、それこそキリストの愛を感じたとか。 あるいは、守護霊を感じたとか。 赤い炎を感じた。 いろいろなイメージがでて、それがビジョンの、現象化の最初です。 そうやって微細なところをおさえておけばいい。 それでも、現実にわたしがいたとかいないとか、疲れたとか、おなかがへったとか、表面の現実のところで考えてしまう。 もっと、微細なところをつかみなさい。 そして、自分の中でイメージのパターンができあがったとき、あなたの言葉にして私に話をしてください。 自分が光ったとか、勝手なイメージではなく、それは正しい方向でなければ駄目です。 たとえば、みんながいいと認める絵でも、社会性のあるイメージになっていくと、万人を救えるようになる。 現実のプラス、マイナスを抜いたところで、でてくるものがあります。それは、場所だろうか、そこにお祭りしてある神様だろうか。 そんないろんなものがわかってきます。 |
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