| Home | 瞑想対話集:目次 |
| 日常のちょっとした言動に対して、ひどく先生に注意されることがあった。たかが、それくらいのことでと、先生に反発する気持ちも起こる。
しかし、そこをそのままにして通り過ぎてはならない。 |
|
| 先生 | 感性を磨くというのは、瞑想をしていて、何も思わないような、それこそ、 無尋定のような状態になったとき、日常生活もそういう心で仕事をすることです。
雑念や、悩みの中で、この苦しみは何だとかという所はほうっておくのです。 H君はこの間ずっとごねていました。 たかが、そんなことであれだけ先生が怒るとはと、ずうっとたどっていくと、自分の深いところに、先生が怒ったのは自分のこの心だなというものがつかめるようになるのです。 だから、いつもその心を表面の日常生活のなかで見えるようにしておきなさい。 それを感性を磨くという言葉で説明しているのです。 あの心でもない、この心でもない、ああ、こういう心だとつかんだその心を濁らせないように、いつもそこが研ぎ澄まされてわかるようにしておきなさい。 でも、おだてられれば木に登ったり、弱いくせに吠えついたり、自分をカバーしたりするのです。 それが自分の人生を暗くします。 せっかく捜し当てたその意識の層を濁らせないようにしておくと、おだてられたときも木に登らなくなるし、虚勢をはって吠えなくなる。 これが出るといつも怒る。 その心は弱いから、負けまいとして吠える。 日々修行というのは、それを見えるようにしておくことです。 それと自分の仕事と人生を結びつけることができたら、みんなはすばらしくなっていくでしょう。 |
| Home |
瞑想・滝行の本の紹介のページもご覧下さい | ||
瞑想から荒行へ ![]() |
滝行 大自然の中新しい自分と出会う ![]() |
||