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| 先生 | 大脳が動かなくなって、はじめてなかが動くのです。なかが黙っているときは、大脳が動くようになっているのです。 だから、大脳を制御することができて、それでたとえば小周天をしたならば、あたかも自分が気につつまれたようになるとか、それともそうしている全体のものをみられるとか。 それは個人のところか、個人を超えてのところか、それは大脳のなかではない出来事なのです。 それをわたしは電球のたまのように細胞が何億もあって、そこをずっと走って、ひとつの映像をつくるように、電光掲示板のように映像をつくる。それをみて、わたしたちはあたかも、それを外にあるように見ているのだと説明しました。 それが、わかるまでわたしも随分かかった。 一体、わたしは何をみているのだろうと思って、随分考えました。 |
| H | それは、脳に依存しない意識が、自分の脳の活動、インパルスをみているのですね。 |
| 先生 | だから、その時は、大脳が停止しているというのが条件なのです。 だから、動いては駄目だと怒るのです。 何かを眺めようとか、何かを拾おうなんて思っているのは駄目なのです。 大脳が動いていることなのですから。 |
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