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 あう土壌

先生 今の教育はいっぱい教えて、本能的に自分の鼻が高くなるところとか、自負しているところは消えない。それで、たとえば文が書けると思ったら、いきなり広告会社にはいったりする。
みんなそういうふうに考えがちだけれども、そうではないのです。
結局、みんなは問題解決のためにきているのだから、自分が土壌のあったところを探すということは、原初の心、原風景をさがすということなのです。
子供の教育ということで、理想をかかげて、塾をひらいても、人はよってこないのです。それは自分の考えている土壌と、案を立てるときの差があるからなのです。
わたしは服飾の仕事はいいなと思った。
けれども、何故しないのかといったら、わたしは銀座とか新宿でお店を開いてやれないなと思ったからです。何故かといったら、どうもそこでの人生と思えないのは何故かなとずっとその心をみながらやってきた。
同じ服飾といっても、行をするときみんなのためになる、経済的で、質実でといういくつかの要素を考えて、白衣を作ったのです。
これならば、服飾関係の仕事でも苦しくないのです。
流行を追うような服飾の仕事ならば、わたしは苦しくてしかたがない。
それが、土壌にあうということなのです。
土壌にあわないものは、はじき出そうとするのがいじめだし。集まるものにとっては、絶対なのです、そこの環境が。
普遍的な絶対ではないですね。
先生 でも、その色をもっている人たちにとっては、絶対かもしれないから、それはお互いに理解してあげることです。





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