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佐藤先生との会話より(5月分)


深い瞑想への入り口(集中) 
富士塚は新宿文化センターのそばの西向天神にもあります。こちらの方は金網で囲ってあって登ることができません。天神という名にはなっていますが、江戸初期の頃、荒れていたのを修復した際に社殿が西を向いているので、西向天神という名になったそうで、本当の祭神は分からないようです。

神社の隣には小さなお寺があって、そこの駐車場の中には紅皿(べにざら)の墓があります。紅皿というのは太田道灌が狩に出かけて雨に降られ、近くの農家に蓑を借りに行った際に山吹の枝を差し出した少女のことです。道灌は意味がわからなかったのですが、家臣から「七重八重、花は咲けども山吹の、みのひとつだに無きぞ悲しき」という歌があるので「蓑が無い」という意味でしょうと教えられそれから和歌の勉強に励んだという言い伝えがあります。

私が今住んでいる本八幡の八幡宮も、太田道灌が寄進して社殿の修復を行なったと伝えられています。そういえば子の権現にも太田道灌の名前がありました。

私は日暮里で生まれたのですが、日暮里の駅前には馬に乗った太田道灌の銅像があります。日暮里駅から西日暮里にかけて少し高い台地になっていて、そのあたり一帯は道灌山と呼ばれていて太田道灌の出城があったそうです。なぜ道灌の名がついてまわるのか、実に不思議です。

道灌山には諏訪神社があります。境内には御岳山と三峰山も祭られています。山岳信仰があったのかもしれません。

昔バブルのころ、東京の下町はたいへん暮らしにくくなり、私の家も引っ越さざるを得なくなりました。それで本八幡に越してきたのですが、あとで考えると、諏訪の神が八幡の神を紹介してくれたように思えてなりません。建御名方神と八幡神は関係無いようにも見えますが、諏訪の神も八幡神も鍛冶の神なのでつながりがあるかもしれません。八幡神社の境内では昔は農具市が開かれたそうですが、農具は鉄でできています。諏訪の地で時計産業が成功したのも、場所が関係しているのかもしれません。

不思議なのはなぜ私は今、このようなことが気になるのでしょうか?私は私の中に住んで毎日暮らしているはずなのに私のことをほんの一部しか知らないようです。とても不思議な感じがします。そしてそこを押さえてそのままにしていることが保持することにもつながってくるように思いました。

佐藤 整理をしなさいというのは、こういうことです。
いろんなところで共通なものと出会うことがあります。そうしたら、それを必ず記憶しておくのです。
瞑想のときは、一番、気になっていることがでてきます。
それをただ、みるのです。
そこのところをみていると、一秒でも二秒でも、何も考えない状態がでてくるのです。
それが2分、3分になると穴が開いて、向こうとの交流ができる。
いつも自分が思っているもの、その部分だけが、交感神経(保持したところ) が少し優位になって、あとは、ぼんやりと何も考えない状態になります。
交感神経が優位なったところが、集中ということなのです。
それをみんなは体に集中するように、感覚的にとらえています。
この世的な感覚、それがだんだんとうすれて、超感覚になったときは、副交感神経的なところ、ぼんやりとしたところにはいっていくのです。
そして、いつも自分の心に去来する思いのような、気になっているもの、それだけがちょっと優位になって、それが集中になるのです。
(02/04/27 土曜クラス)



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