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佐藤先生との会話より(2月更新)


2002年2月14日 自分を見つめる
佐藤 瞑想の深さということはよく考えなくてはなりません。
こうやって教室に集まるというのは、この世的な集合です。そこから、一個の個としての自分にもどり、自分が自分をしっかりとみつめ、焦点を置いてみたとき、はじめて光がさすのです。
凝視をしなさい。
自分の姿をよくみなさい。
生徒 自分のエゴが見えて、気になります。
佐藤 自分のことばかり考えては悪いといいます。しかし、自分を深めない人はこの世的には何の結果も出せない人です。
エゴが悪いと自分を責める人に「そんなに自分を責めるのではない」とわたしはいつもいいます。
自分は信仰心がたりないとか、もっと瞑想しなければなんて、そんなところで反省ばかりしなくてもいいのです。
深くはいっていけばいいのです。
この世がよくなるための瞑想なのです。
みんながよくならなかったならば宗教とはいえません。
瞑想は短期間のなかで、自分の人生、未来の予感をつかむこともできるのです。
生徒 何かするとき、いやな予感をうすうす感じることはあります。
そこを打ち消すなと先生はおっしゃっていました。
佐藤 そこを凝視しなさい。そこに集中しなさい。
そうしたら、自分の欠点が見えます。
これが不安の種だったのか。
不安の種が何なのか。
そこまでわかって、不安の種をしっかりとつかんで、これが表面の肉体のところで不安になってでてくるのだなと再認識しておかなかったならば、同じ失敗を何回でも繰り返してしまうのです。
(2002年2月2日 土曜クラス)



2002年2月12日 意識、無意識、超意識 その2
生徒 瞑想をすると、自分が超意識の世界にはいっていく、日常の意識とぜんぜん違う世界にいくのだと考えがちですけれど、そうではないという話でした。
佐藤 無意識とか超意識というのは特別なものであると思うと、瞑想はとてもむずかしくなります。
もっと、大きくものを考える。
月山山頂で夜空をみている生徒に、わたしたちが大地に足をつけているこの地球だって、球体が宇宙に浮いているのですと話をしたことがありました。
宇宙という空間は、独特な、別なものであるというふうに、区分けして考えているから、なかなかつながらないのです。
生徒 宇宙的な視野をもてということですか。
佐藤 ただ宇宙的に考えるということではありません。
宇宙という世界を、別の世界としてとらえるのではなく、自分たちのいる世界がそのまま宇宙だということです。
そのなかで、注意を向けたところがわかってくるのです。
無意識、超意識も別の意識というのではなく、今、話した宇宙と同じようにとらえてほしいのです。
(2002年1月26日 土曜クラス)



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